内省 生活の観察

一行三昧(いちぎょうざんまい)(六祖壇経)とは?

2026.07.13

一行三昧とは、歩く・立つ・座る・横になるといった日常のあらゆる場面で、目の前のことにまっすぐ心を向ける禅の教えです。

仕事をするときは仕事に、食べるときは食事に、観察するときは観察に専念する。特別な修行の時間だけでなく、日々の営みそのものを修行と捉えます。

観察との関係:
・先入観や損得を差し挟まず、いま目の前にあるものを、そのまま丁寧に観ること。
・いま行っている一つのことに、心をまっすぐ向ける。観察するときは、ただ観察する。

三昧とは梵語のサマディー(三摩地)を音訳したもので、「じょう」「等持とうじ」の意があり、心を一境に専注することです。
この三昧と、「常に一直心いちじきしんを行ず」という言葉が合体して、何時とはなしに一行三昧の言葉が生まれました。「常に一直心を行ず」の語意が理解できれば、自ずから一行三昧の意も頷くことができると思います。直心とは、「直心是道場」の直心で、まっすぐな心、混じりけのない純一無雑な心、分別執着のない心です。ゆえに、何時でも何処でも何事をなすにしても、そのことに純一であれというわけです。仕事をする時には仕事三昧、遊ぶ時には遊び三昧、食事の時には食事三昧、勉強の時には勉強三昧、その間に一点の雑念妄想をはさむことなく、全身全霊をもって事にあたる、これがまた、一行三昧でもあるわけです。いってみれば「禅」の生命もその一行三昧から始まり、一行三昧に終わると言っても過言ではありません。
引用元:臨黄ネット「一行三昧」

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